2009年03月21日

古代の日本は孤島か?

多くの考古学者もその誤りを指摘するように・・・日本列島が大陸から離れた孤島だと言う、日本人や中国・朝鮮人が持っているイメージや先入観は明らかに間違いです。


現在でも輸送手段などには海上交通が重要ですが、すでに縄文・弥生時代には海上交通網が、人や物資の輸送手段として現在の人々が考えている以上に発達していました。

(考古学者・大塚初重氏によれば・・・日本は旧石器時代から船あるいは筏のようなものの存在が認められ、縄文時代にはかなりの航海術が発達していたと見られるとのこと。実際に日本産の黒曜石や翡翠や土器が産地から遠く離れた場所、場合によっては大陸から出土することでも明らかです。
 事実、日本産の翡翠は北は礼文島にまで達しており、カラフトや大陸にまで渡った可能性があり、黒曜石はシベリアのアムール川流域やハバロフスクでも出土しているし、南下すれば九州南部から奄美諸島、沖縄以南への海の道が続いていて、縄文人は早い時期から航海術を開発していて海へ進出していたと言います)


世界地図を南北逆さまにしてみれば良く分かることですが・・・日本列島は大陸に連なるように、あたかも内海(日本海)を取り巻く「弓の岬」ような位置にあります。(下はサハリンから日本列島を通り、南西諸島や台湾へと弓のように続いています)

考古学的には・・・日本列島は、大陸の南北をつなぐ架け橋のような存在で、旧石器時代から東西南北から人や物が絶えず行きかっていて、出土品も中国大陸より断然多く、文化的にも相当先進的な地域だったことは否定できない事実なのです。(東は、主に海路で)

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(縄文土器)


それに比べると・・・大陸の片隅に位置している朝鮮半島は、西アジアからの文化文明(ゾロアスター教や鉄器や青銅器など)が伝わり漸く発達をしてきた中国からの陸路が整備されるまでは、中国大陸よりも文化的先進国だった縄文時代の日本文化圏の影響を強く受けていたことでしょう。

余談ですが・・・殷が成立するまでの中国大陸は、およそ1万5千年ほど続く日本の縄文時代に比べて、文化的には後進国であったことは土器や石器あるいは骨角器を比較すれば分かります。考古学者・小林達雄氏によれば、中国の石器とか骨角器は余りに貧弱で、日本の草創期に太刀打ちできないとのこと。

中国で土器が作られるのは、世界最古の縄文土器(1万1千年前)より数千年あとのことです。その頃、日本では西アジアより3千年も早く、煮炊用の土器で食事をしていました。(西アジアの土器はお供えもの用で、煮炊きはできません。中国の土器の出現は西アジアよりまだ遅れています。漆も日本起源であることが、最近の考古学研究で明らかとなっています。)

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(漆)

中国が発展してくるのは、西アジアでシュメールによる王権が成立して、その約1500年後に殷の王権が出来て、当時の文化の先進的地域である西アジアから鉄器や青銅器が伝わってからのことです。


参考までに・・・西アジアからの中国文化への影響の一例として、鉄器の伝播のルートは下記の地図を参照してください。。

【日本のたたら製鉄の源流を考える】
http://mutsu-nakanishi3.web.infoseek.co.jp/iron4/0802road.htm
尚、詳しくは・・・このホームページから【東アジアへの製鉄技術の伝播 年表調査 まとめ】をご覧下さい。


ちなみに、古代において・・・ヨーロッパに比べて日本を含む東南アジア地域の航海術や人的交流が、太平洋全域まで到達するほど発達していたのは、世界地図を見ればおのずと分かるはずです。

ベトナム・インドネシア・オーストラリア・ニュージーランドを結ぶ線から北の赤道付近には、大は台湾・フィリピン・ニューギニアから、小はミクロネシアからポリネシアまで大小無数の島々があり、仮にベトナム付近からめくらめっぽう海洋にカヌーで漕ぎ出しても、どこかの島々にたどりつくという安心感があるのです。

またそれらの島々の位置関係と地形が古代の航海技術の発達に役立ったことは否めません。 


日本と比べれば・・・古代の朝鮮半島などは、これと言った航海技術もなく、日本やこれらの地域からすれば、大陸にへばり付いただけの僻地に過ぎないのです。


posted by かたばみ at 17:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 偉大なる先人達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

剣道と日本刀のルーツ

韓国では、以下のような記事がしばしば考古学的な検証もされず、ニュースとして掲載されます。

ソウル=聨合ニュース・・・「日本は自国が剣道の宗主国だと考えているが、朝鮮時代の刀を作る技術者らもたくさ ん日本に連れて行かれて、日本に影響を与えた」と日本が必ずしも先ではないと主張した。

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果たして本当にそうなのだろうか?結論から先にいえば、剣術のみならず日本刀は朝鮮半島や中国大陸とは別のルーツを持つ物だと言うのが考古学的見解です。

まず日本刀についてですが・・・
大和朝廷は、縄文人でもある東国の猛者・蝦夷を制圧するために随分と苦労しています。その蝦夷が手にしていた刀が「蕨手刀(わらびてとうです。

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日本刀の特徴は・・・切れ味を増すための反りにありますが、この反りの原型となった刀が「蕨手刀」なのです。 中国や朝鮮半島の刀とは違う流れでもたらされた物ですね。東日本を中心に各地で出土し、軟鋼と硬鋼の二重構造を持つ蕨手刀こそが日本刀のルーツなのです。

【日本人 教養 講座 日本刀 】・・・より抜粋
http://www.mokuzai-tonya.jp/05bunen/zuisou/2005/08nihontou20.html

【実際には中国〜朝鮮(百済)〜日本と伝わった青銅器や鉄のルートとは別に,人類史上初めて鉄の精錬技術を見つけ,エジプトやペルシャを破り,一大強国となったヒッタイ(トルコのアナトリア地方〜BC1300頃最盛期・首都ハッテイ)よりパミール・天山北路からゴビ砂漠・モンゴル高原を抜け渤海へ入り,沿海州より日本海を渡って,千島列島・北海道・東北地方と伝わった鉄の刀が有ります。これこそ原始「日本刀」,即ち日本刀の祖形であり,その名を「蕨手刀」と云います】


日本刀とは何かと端的に言えば・・・次の二点に尽きます。
@・・・柔らかい鋼を堅い鋼で包むという製法であること。
A・・・切れ味を増すための反りが付いていること。

考古学では、以下のようにその特徴を比較し、平安期にほぼ確立する日本刀の原型が蕨手刀だとしています。

@・・・柔らかい鋼を堅い鋼で包むという製法であること。
蕨手刀(考古学的考察)・・・「この刀剣は硬い鋼を軟らかい鋼で挟(はさ)み、作刀された」 中国大陸系の直刀にはない二重構造である。 後に鉄心が軟鋼となるのは、その後の作刀試行錯誤によるものだと思われる。

A・・・切れ味を増すための反りが付いていること。
蕨手刀(考古学的考察)・・・「柄と刀身にわずかな反りがみられる長谷堂遺跡の蕨手刀は、弯刀への移行期に位置づけることができます」


余談ですが・・・馬上で操作するために反りをつけたというのは、武術を知らない文献史家の後付けの屁理屈です(直刀でもスムーズに馬上で抜けます)。
昔、歴史学者(文献学者)に、刀は暗闇では納刀できないと言った人が居たらしいですが・・・その類ですね。


以下・・・参考文献と考古学史料

【刀剣美術保存協会】より抜粋
http://www.touken.or.jp/seisaku/koutei.html
「切れるためと曲がらないためには鋼は硬くなければならないし、逆に、折れないためには鋼は軟らかくなくてはなりません。この矛盾を解決したのが、炭素量が少なくて軟らかい心鉄を炭素量が高くて硬い皮鉄でくるむという方法です。これは日本刀製作の大きな特徴となっています」

【蕨手刀 日本刀誕生の背景はらむ 】
http://mytown.asahi.com/iwate/news.php?k_id=03000480902040001


次に日本剣術についてですが・・・

日本剣術の大きな特徴は・・・刀を両手で持つという事にあります。(そのことにより、人体の弱点が集まる中心線を防御すると同時に、力強い撃ち込みで相手を一刀両断にできるのです)

これに対して・・・中国の剣術は、片手で握るのが特徴で、時にはローマ人のように反対の手で盾を持ちいて敵の攻撃を防ぎます。朝鮮人の剣法も中国の流れからきた片手剣ですね。

日本の剣術の優れている点は・・・身体の中心に刀を据えることにより盾を持たなくても日本刀だけで防ぐことが可能な点にあります。これにより攻防一体の攻撃が同時に行えるのです。 


の時代には中国人でさえ日本の剣法を取り入れ「猫刀」と言う名前をつけて学んでいましたし、日本刀を相当数輸入しています。現在、韓国刀として伝えられている刀は、この当時に輸入された日本刀なのです。

剣道の防具や竹刀が作られたのは、江戸時代の日本であることは言うまでもありません。(厳密に言えば、戦国時代から)


韓国人が、それほど日本発祥の剣道が羨ましいのであれば、「新羅の花郎が修練した剣法として知られる本国剣法」とやらの、「実体のない文献に書かれているだけの剣法」の創作流儀で中国より伝わった武具を改良し、それを新しく広めればいいだけです。・・・何も日本人のように袴をはく必要もないでしょう。

韓国人が・・・それをしないのは、実際には本国剣法と言うものはなく、剣で闘うといってもただ闇雲に片手の力だけで蛮人のように振り回すだけで、日本剣法のような洗練された技法を持たないからでしょう。
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posted by かたばみ at 19:55| Comment(6) | TrackBack(0) | 偉大なる先人達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする