2009年06月12日

本当に鉄の製造技術の伝播は、朝鮮半島が先だろうか?

最近放映されているNHK特集「日本と朝鮮半島2000年」では、あたかも製鉄技術が朝鮮半島からもたらされたかのように印象操作された放映がなされていた。それは、果たして事実なのだろうか?

この番組・・・ディレクターが田容承という韓国人だと言うことを知る人は少ないだろう。何故NHKは、日韓で認識の違いすぎる両国の歴史問題を韓国人に任せるのか。そこにある種の悪意に満ちた意図を感じずにはいられない。

戦後NHKの歴史番組が一貫して、中立的立場からは程遠い左翼史観で描かれてきたことは周知の事実だ。戦後の日本が過度に左傾化してゆく過程は、以下の著書「新歴史の真実」に詳しい。


今回の明らかに中国共産党の意向に沿ったNHK特集「ジャパン・デビュー」に関しては、東京・大阪・名古屋・札幌・福岡の各都市で台湾人や市民によるデモが行われ、ネットでは公共放送の公共性が確保されるまでは受信料を拒否する運動が広がっている。

【NHKに抗議】中国目線で作られた、反日 台湾番組【JAPANデビュー】
http://www.youtube.com/watch?v=C5CaPdMV-hw&feature=related

NHK「JAPANデビュー」に抗議する国民大行動・第2弾(1/3)
http://www.youtube.com/watch?v=pXfkWH9ZSzs
NHK「JAPANデビュー」に抗議する国民大行動・第2弾(2/3)
http://www.youtube.com/watch?v=wc8UutVd8so
NHK「JAPANデビュー」に抗議する国民大行動・第2弾(3/3)
http://www.youtube.com/watch?v=j_QOie7J8QY




さて本題・・・実際には鉄器の製造技術は、日本の方が朝鮮半島より古いと思われます。事実、日本では弥生時代あるいは縄文時代に遡る遺跡や出土品(鋳造の板状鉄製品・鍛冶滓)が数多く発掘されているのです。

【遠所遺跡】
http://inoues.net/tango/enjyo_iseki.html
『丹後地方では、すでに弥生時代前期末から中期初頭の峰山町扇谷(おうぎだに)遺跡から鉄器生産に伴う鍛冶滓(かじさい)が出土しており、鉄器の生産が行われていたことが知られている』

板状鉄製品.jpg 

【扇谷遺跡】
http://inoues.net/tango/ohgidani.html
『扇谷遺跡の環濠からは、丹後の弥生時代を象徴するような、「鉄」「玉」「ガラス」が出土している。同じく丹後の弥生の象徴である台状墓も、隣接する七尾遺跡から2基見つかっている。環濠からは他にも、土笛、多数の紡錘車等が出土したほか、鋳造の板状鉄製品(インゴット)、鍛(たん)造の鉄も見つかっている。ガラスの塊、鍛冶滓なども出土している事から、ガラス生産と、低温の鉄製品生産の可能性もある。』

鍛冶滓.jpg

扇谷遺跡.jpg

潮見浩『東アジアの初期鉄器文化』・・・参考文献

朝鮮には,まず紀元前3世紀ごろに鉄器が流入する。それは,中国の東北部からもたらされたものと思われる。その後,漢代の楽浪郡の設置以後に,その鉄器文化の影響を受け,朝鮮独自の青銅器類が鉄器にとってかわられる。

 日本への鉄器の流入は,すでに,弥生時代の初頭から始まっていたとみられる。熊本県斉藤山遺跡からは,中国では戦国時代から前漢代にみられるものと同様な形制をとる鉄斧が出土しており,それは最古の弥生式土器である板付 I 式土器と共伴している。その他にもいくつかの弥生時代前期の遺跡で鉄器の出土が知られている。ただし,この時期には,実用利器としてはまだ石器が主流であったと考えられる。また,分布地域は西日本に限られる。弥生時代中期以降は,鉄器の分布はさらに広がり量的にも前期を大きくうわまわる。鉄器の生産は,九州では中期の前葉からはじまったと考えられる。しかし,いまだに石器が実用具の主流を占めていた。弥生時代後期には,鉄器の出土例は激増する。特に,西日本では石器類が姿を消し,実用利器が鉄器に交替したことが推察される。古墳時代前期には,古墳から多量の鉄器が出土し,一方では住居から出土する場合はまれであり,鉄器の集中所有化がうかがわれる。弥生時代後期における鉄器の普及は,生産力の進展とともに,階級の分化・首長層の成立の基盤となった。後期には,鉄器の大量副葬はみられないが,各地に築造された多数の古墳には鉄刀・鉄鏃などが普及しており,住居からも農工具の出土が増える。鉄生産の各地への拡大が予想される。』


また鉄器の伝播に関しては・・・『アムール川流域では紀元前1千年紀のポリツェ文化に,鉄器が存在している。放射性炭素年代では,前980年という数値が提出されている。ポリツェ文化の鉄器には,斧・刀子・鉄鏃・小札・釣針などが存在している。実際の年代は,やや下る可能性が高い』とあるように、日本列島の北からのルートも考えなければならない。

ロシア考古学界では、沿海州地域の鉄器時代の起源をBC9世紀以前にさかのぼるとしており、今後ポリツェ文化や沿海州南部バラバシ村の住居址〈鉄斧と鉄鏃を含めた9点の鉄器と土器を含めて2000点余りの遺物が出土〉の詳しい発掘調査の結果が待たれます。


つまり日本には・・・稲作が朝鮮半島より早く長江流域から伝播したように、鉄器とその製造技術は朝鮮半島より早く、南北のルートからもたらされて可能性が大きいのです。

<strong>任那日本府(朝鮮半島南部)で鉄のインゴットが多く出土し倭国が鉄をそこから求めたのは、単に良質な鉄鉱石が取れたからに過ぎないのではないでしょうか。

朝鮮半島南部の倭人による鉄鉱石採掘は、倭人にとって現代日本人が先端技術に欠かせないレアメタルを後進国で採掘するようなものと考えられます。

つまり、倭人が朝鮮半島南部でインゴットを現地生産し、国内に流通させたと考える方が妥当でしょう。
posted by かたばみ at 10:46| Comment(6) | TrackBack(0) | 偉大なる先人達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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