2016年06月26日

「弥生人=渡来人」説の大嘘 A(骨考古学から見る弥生人/弥生人顔という刷り込み)

最近、骨考古学の立場から「弥生人=縄文人」を肯定する書籍を読んだ。
それが「骨が語る日本人の歴史」片山一道・ちくま新書である。

未だにネットでも、「弥生人=渡来人」だとの誤謬を目にするので、それに対する反証として参考にして欲しいと願う。

以下、骨考古学の立場から見た弥生人についての見解を少し引用させていただく。(日本人の成り立ちについて興味のある方は、是非購読して欲しい)

まず前提として、骨格からの復顔では、皮膚や目の色、頭髪や眉毛や髭の性状、耳ブタの大きさと形、唇の厚さだとか、まぶたの様子(一重か二重か)などについては、復元できないという事実を理解しておくべきだろう。
「よく博物館で見かける復顔像には、そんなことまでが当たり前のように表現されているのだが、それは一種の創造の産物でしかない。何らかのイデオロギーないし、思い込み、みなしの思考が込められている。あまり信を置かないほうが良い。」

つまりは、無垢な若者が学ぶ教科書に掲載されているような朝鮮人に酷似した弥生人顔は、実際の顔を正確に復元していないということだ。そもそも古代日本人の列島への流入経路は半島からだけではない。樺太や東南アジアからもある。それならば、東南アジアの人々のように、本来は二重かもしれないし分厚い唇をしていたかもしれないと考えるのが普通。

それを何故か朝鮮人に酷似した復顔にしたことに、私も左翼指導の戦後教育の隠された意図を感じざるをえない。


当然「朝鮮人似の細長くのっぺらとした骨格は、何故なんだ」との反論があるだろう。
img02[1].jpg
それについては、私も過去に書き、また本書も指摘しているのだが、弥生人の人骨については青銅器や鉄器文化の流入、稲作の普及などの食生活および生活環境の激変にともなう地域差と標本サンプル抽出の問題につきる。

「弥生時代の遺跡から出る人骨はけっこう多様であり、地域差や時期さが無視できない。」「この【弥生人】はニュートラルな呼び方である。弥生時代という時代を共有する人々という以外のなにものでもない。」

つまりは、プロパガンダ的呼称の【弥生人なる人種はいない】ということなのだが、繰り返せば、朝鮮人顔の問題はその地域差であり、プロパガン的弥生人の骨格サンプルの抽出の仕方である。

そもそも骨考古学が提示するように、弥生人の骨格は教科書に掲載されているような単一的特徴は持ち合わせていない。文化や生活環境にほとんど変化のない縄文時代と違い、弥生時代の日本人の骨格は七百年ほどの間に、地域地域でその生活環境や身分、従事する仕事に適応してかなり変遷している。

「実は、ある一部の地域を除くと、弥生時代の遺跡で発見される人骨の数は驚くほど少ない」「唯一の例外が、北部九州地域と土井ヶ浜遺跡がある地域である。」

「実際、この地域で見つかる人骨は、確かに縄文人骨との身体的特徴の違いが目立つ。ただ事ならざる数で出土、まことに残存状態も良いため、弥生時代の人骨の【代表選手】か【典型】のように取り扱われるものだから、この地域で見つかる人骨こそが【弥生人】骨なり、そして、縄文人の物とは大いに特徴を異にするなり、との論法が生まれたわけだ。でも、この地域は日本列島のごく一部でしかない。それに歴史的に大陸との玄関となってきたところでもある。そういう地理的・歴史的な条件を考慮するならば、この地域の人骨を日本列島全域の【弥生人】骨の無作為標本とみなすには躊躇せざるをえない。」

「ならば、北部九州地域や土井ヶ浜遺跡に遺骨を残した人々をもって、列島の弥生時代の人々の代表だとみなす思考は無理筋というもの」「その違いを根拠にして弥生人と縄文人とは顔立ちや体型が異なる。系譜がことなる。だから、前者が後者に置き換わったのだとか、かくして後の日本人が生まれただとか、そんな風に論じるのは、著しい論理の飛躍である。」


つまり、生活環境で骨格の激変した弥生時代には、現在の日本人のように、細長い顔の人もいたし、縄文人のような鼻筋の通った堀の深い顔もいた、というのが骨考古学的見解なのだ。

考えても見て欲しい、もし、渡来人なる弥生人が縄文人を駆逐し、生活環境が骨格に変遷をもたらすことがないとしたら、現代の日本人はほとんどが「プロパガンダ的弥生人顔」ばかりのはずだ。

人種置換説を唱える、御用学者は寝言も休み々言え。・・・というより一生寝ていて欲しいものだ。
(御用学者の渡来人の人口推移の出鱈目さやいい加減さは、「日本人ルーツの謎を解く」だったと思うが長浜浩明氏が指摘している通り。)

もうそろそろ「弥生人=渡来人=現日本人」なる妄想から抜け出て欲しい。

間違っても、当ブログに、以下のようなコメントは寄越さないでね。(せめて、低脳の根拠を示すか、大学教員など公職に左翼が多い理由、GHQによる公職追放ぐらい知っていて欲しいものだと願う。ネトウヨとのレッテル張りもかなり痛々しい。)

----------当ブログにきたコメント------------------------
「自虐史観も何も自分らが帝国期に蒔いた種なのにね・・・
ネトウヨは相変わらず低脳だ
だから大学の教授の座に付く者の少ないのだろう
古事記を鵜呑みにして?天皇のルーツが東南アジアってハプロを公開しなくても一発で弥生系の顔だって分かるんだが」
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参考・・・公職追放
公職追放によって政財界の重鎮が急遽引退し、中堅層に代替わりすること(当時、三等重役と呼ばれた)によって日本の中枢部が一気に若返った。しかし、この追放により各界の保守層の有力者の大半を追放した結果、学校やマスコミ、言論等の各界、特に啓蒙を担う業界で、労働組合員などいわゆる「左派」勢力や共産主義のシンパが大幅に伸長する遠因になるという、推進したGHQ、アメリカにとっては大きな誤算が発生してしまう。
posted by かたばみ at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 偉大なる先人達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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